「やだよ、めんどくさい」という鎧を脱いだら
こんばんわ、のだめです。
今の職場は、工場内の一角を間借りしており、且つ仕事場が工場内に分散しているため、その場所ごとに拠点を設けて事務所として使用しています。トラックの出入りや運送品の取り扱いのため、各々の部署ごとに毎日膨大な書類が各所から届けられます。書類は数年間保管が義務付けられているものばかりなので日々書類が山のように積み上がっていきます。
倉庫の中はゴミの山
今の職場の人たちは毎日オーダーが入り、それにそって業務を行なっていきます。そのため長期的な計画が立てづらく、なかなか書類の保管まで行き届かないため、日々貯まっていく書類は乱暴にダンボールに突っ込まれては、これまた乱暴に倉庫にぶんなげられている状態でした。
ある日、工場内をぶらぶらしているとそんな倉庫のひとつをたまたま見つけることとなりました。倉庫の入り口の扉から中を覗くとまさにゴミの山というのが一番ふさわしい状態。
「積み重ねている」という表現はあまり正しくなくて
「入口からぶん投げられたダンボールがどんどん積み重ねられていった」というほうが正しいかもしれません。
「これはひどい。どこの会社だよ、まったく」と思ったのですが、通りがかった上司が
「いやー、書類が溜まってるねぇ。誰も整理しないからこの有様だよ」と。
「え、まさかとは思いますが、これウチの倉庫ですか?」
「うん」
「え…こんな状態になっているのに、誰も整理しないんですか」
「誰がやるんだよ、ここ20年こんな感じだよ。どうにもならなくなったら、手前から取り出して処分するし問題ないだろう」
「…」
言葉が出ませんでした。
本部に転属になってから薄々感じてはいたのですが現場の人は皆、目の前の業務を回すので手一杯で倉庫整理という雑務は自分の範疇外でした。
誰かがやるだろう、そんな気持ちを皆が持っていたため当然誰も手を出すことがなく、ゴミの山と化していたわけです。
『仮にも大手工場に間借りしている身なのにこの保管はまずいんじゃないか…』
そう思った私は上司に、尋ねました。
「倉庫、私が対応します。人員さけますか?」
「やだよ、めんどくさい。何言ってんだよ、そんな雑務に回せるほど人いないんだよ。やりたいならお前がひとりでやれ!」と、即答で断られました。
私の上司だけではないのですが、雑務に関してはどの先輩に聞いても同じ答えが返ってきました。「やだよ、めんどくさい。」のひと言で一蹴されました。
倉庫に入れない
保管の必要がある書類の整理は立派な仕事であるはずなのに、それをやることで直接自分に対して何か見返りがある訳ではないため誰もやりたがらないのでした。
「そうですか、わかりました。それでは自分ひとりでやりますので」と思わず言っていました。
「勝手にしろ。誰も手伝わないからな、そんな雑務」と上司。
そういったやりとりがあってからしばらくして、ようやく自分の手が空いたため、倉庫の整理をすることになりました。
とりあえず、倉庫の入り口から見てハッキリと言えることは
「(ゴミの山すぎて)中に入れない」ということでした。
そのため倉庫の整理を始めてから最初にとりかかったのは、入り口に山のように積み上げられたダンボールを倉庫から出すことでした。
全ての部署から出る書類が入ったダンボールがここの倉庫にどんどん投げ入れられている状態だったため、まず各部署に伝えてしばらく倉庫に書類をぶん投げることをやめてもらいました。
投げ入れられなくなれば総量は増えることはありません。
日々書類が積み上がっていくため、あまり時間をとると今度は各部署からクレームが入りそうだったので自分の仕事は後回しにして倉庫整理に全精力を注ぐことに。
一箱、また一箱、倉庫からダンボールを取り出し、部署別に仕分けしていくことでようやく入り口に積み上げられたダンボールの山がなくなりました。
とりあえず倉庫に立ち入ることが出来るようにはなりましたが、まだ整理は始まったばかりでした。
捨てられない
ごちゃごちゃになったゴミの山は捨ててしまうのが一番手っ取り早いのですが、目の前にあるゴミの山は保管が必要な書類が殆どなので、捨てるという選択肢を取ることが出来ませんでした。
ゴミの山を目の前にして捨てられないというのは、かなりきつい足枷となるなと思いましたが、もう手をつけてしまっているため、もはやこれは雑務ではなく「自分の仕事」です。途中で辞めるわけにはいかなくなりました。
捨てたいけど捨てられないという状況の中でとりあえず部署ごとに書類の箱を分別することに。
数日かかってようやく分別が完了し、床が見えて倉庫内を歩けるように。まだ倉庫内を歩ける状態になっただけなのですが、不覚にも感動してしまいました(笑)
入れ替える
倉庫にぶん投げられた書類の箱たちは、その部署ごとに出た各々の箱(コピー用紙が入ったA4サイズの段ボール箱など様々)に入れられてぶん投げられていたため、余計ゴミにしか見えなかったのですが、それを正規の保管用のダンボールに詰め替えていく作業に取り掛かることに。
保管書類は内容ごとに1年・3年・5年・8年、そして最長10年間と期間もまちまちで、保管年度を確認しつつ部署ごとに書類内容を確認しながら箱の入れ替え作業を行いました。
昭和の頃の書類が出てきたときは、箱をぶん投げていた人たちをぶん殴りたくなりました。
「最長で10年間なのに、30年以上も前の書類を保管というか放り投げているなんて…信じられない」そんな気持ちにもなりました。
保管期間が過ぎた書類は廃棄の方法が決められていて、シュレッダーか焼却が義務付けられています。
整理を始めた時に「誰も手伝わないからな」と釘を刺されていたので、自分でやるしかないのですが、専門の廃棄業者に依頼するとお金が発生します。
当然ながら「そんな金はない」と一蹴されたので、選択肢はシュレッダー一択しかありませんでした。廃棄する書類のダンボールだけで50箱以上になりました。
日頃から職場の人たちは「ウチの会社は物持ちだけはいいから」と口にするのですが、自分から見ると「物持ちが良い」のではなくて「ただ捨てられない」ようにしか思えませんでした。
そして、捨てるには誰かがやらなくてはいけないのですが、それを「誰もやりたがらない」ので、書類が長期保管されている状態だったのです。
「物持ちが良いのではなくて、ただ捨てられないだけ」なんです。
余談ですが、ウチの会社のパソコンはいまだにWindows98がメインのパソコンです。
メール確認用に1台だけインターネットに繋げられたPCがあるのが唯一の救いです。
ネットに繋げなければまだ使えるという理由で新しいバージョンにしない社風に、もはやため息すら出ません。
やだよ、めんどくさいの鎧を脱ぎ始めた人
閑話休題、書類の廃棄はとてつもなく時間がかかることが予想出来たため、廃棄用としてスペースを設けて分別しました。
倉庫整理をはじめてから約ひと月が過ぎようとしたころ、私は周囲の変化に気がつきました。
倉庫整理を始める前は職場のほぼ全ての人たちに「お前だけでやれ!」と言われていたのですが、連日整理をしていると、そんな職場の上司がひとり、またひとり倉庫を見にやってくるようになりました。
倉庫整理自体は手伝おうとしないのですが、倉庫の光景を見た後に事務所に戻ると、自分たちの出していた書類の整理を始めるようになったのです。
いらないものはシュレッダーにかけ、保管が必要なものだけ保管用のダンボールに入れてくれるようになりました。
また数日経ちひとりでいつものように倉庫整理をしていると、「私も手伝うよ」と声をかけてくれるようになりました。
「ありがとうございます」
無意識のうちにでた素直な気持ちのありがとうという言葉が出ていました。
預かる書類、預からない書類
まだまだ倉庫の整理は長いのですが部署ごとの分別と、ダンボールごとに内容物を記載したタグをつけてデータを入力して保管することで、急遽必要になった際でも倉庫のどこに書類が保管されているかを検索できるようになりました。
書類をただ積み重ねただけだと本当にゴミの山でしかないのですが、書類それぞれはいわゆるビッグデータの素であり、内容がわかればいずれ役に立つこともあるかもしれません。
倉庫内の全てのデータ入力をするとなったら、ひとりでは太刀打ち出来ませんが、その基礎となる初期段階の階段は作ることが出来たと思います。
今、各部署の書類についてお願いしているのは、内容物、保管年度、保管期間、廃棄期限の明記のないものは倉庫で預かりませんと伝えています。
通達以前に分別を始めた上司もいますが、その通達で職場の全ての上司が分別をしてくれるようになりました。
なかには嫌々ながらやっている人や、通達をしたあとも分別してくれない人もいるのですが、分別してもらえないものに関しては本人に返却という手段を取りました。
その上司も部下に断られるとは思っていなかったようですが、これだけは曲げられませんでした。
誰もやろうとしない仕事を率先してやるという形をとらせてもらったので、譲れないラインだと思い私も一切退きませんでした。
取り組んで良かったと思えるようになった
去年の11月から業務の中枢に移転する形となったわけですが、今回の倉庫の一件のようにおかしなルールがまだまだ蔓延している会社ですが、率先して取り組むことで周りの人たちが変わる、ということを改めて感じました。
相変わらず倉庫整理はほぼひとりでやっている状態ではありますが、今回の件を通して周りの人たちが少しずつ変わり始めたということに気がつけたのは大変嬉しいです。
私は決して綺麗好きでも整理整頓が好きなわけでもないのですが、みんなが使うスペースなので気持ちよく使いたい、そんな気持ちからやりはじめた倉庫整理ですが、やって良かったなぁと思います。
今後もダンボール50箱以上のシュレッダーをやることを思うと気が滅入りますが、それでも自分の存在を周りに知ってもらう良い機会になったので、それはそれで良かったのかもしれません。
自分が会社を変えてやる、そんな大それた野望はありませんが、できることをこつこつとやることで認めてもらえるのなら、やっていこうと思ったのでした。
それでは、明日も素敵な1日になりますように、のだめでした。