前の職場にいた不思議なスタッフのお話。

 おはようございます、のだめです。

 

先日から連日書いているような気がするのですが、「前のお仕事シリーズ」、考えてみたら今の仕事はまだ経験半年(現場経験はゼロですが)に対して、前のお仕事は経験15年なので、明らかに前のお仕事での出来事の方が引き出しが沢山あるんですよね。

 

そして、私がまだ管理職になりたての頃は、働いているスタッフが飛び抜けた個性を持った面々がたくさんいた時期でもあるので、「今のパチンコ店」の実情とは異なるかもしれませんが、そういう時代もあったなぁという回顧とともにしばらく書き綴ってみようと思います。

 

そんなわけで、今日は前の職場の大川君のお話です。

 

この子は、記憶が強烈で今でも名前を覚えています。笑

アルバイトの面接の時に大川君は「自分、ビッグな人間になりたいんです!パチンコとかやったことないので、分からないんですけど、自分自身を鍛え直したいんです!」と自己紹介してくれました。

 

正直、私が面接をしたわけではないので、どうしてこの子を採用したかは不明だったのですが、上司に聞いてみると

 

「ビッグな人間になりたいなんて、思ってても口にする奴なんてそうそういないじゃない?面白そうだから採用してみた」

 

という、若干ノリで採用した面もあった大川君でした。

 

大川君はいつも、「あざっす!しゃす!」とありがとうございますを極限まで省略したような挨拶をする子で、とりあえず元気だけは一番ある子でしたが、決して仕事は出来る方ではありませんでした。

 

熱心にメモをとって、仕事を覚えようとする姿勢は見せるのですが、メモをとった後、ポケットに入れたつもりでそのままメモを床に落としてしまい、あとでメモを見直そうとした時に無くなったことに気がつき、ホールのゴミ箱をこねくり回してメモを探している姿をよく見かけました。

 

また、しょっちゅう遅刻をしてきました。

いや、厳密には遅刻ではないのですが、いつも始業ギリギリで駆け込んでくる大川君。

5分前におきました、というような猛烈な寝癖のまま出勤、ということもありました。

ギリギリに飛び込んでくるときは、お店の駐車場に来た時点から、ものすごい大声で「さーせん!間に合いました〜!」といって更衣室に駆け込んで行く姿もよく目にしました。

 

仕事を覚える姿勢は飛び抜けていましたが、そういう抜けているところも多々あったので、なかなか仕事も覚えられません。

例えていうなら、「一歩進んで一歩下がるを10回繰り返した時にたまたま二歩進めちゃう」感じの仕事の覚え方でした。

 

ですが、いつも何事にも必死だったので、周りの社員やスタッフも仕事を教えるのを諦めず、いつも大川君を応援していました。

 

しかし、会社としてはなかなか仕事を覚えられない大川君をこのまま働かせるのはどうなのか、という意見もちらほらあり、彼を一人前にするよりも新しく人を入れたほうが頭数も揃うし早く人材育成も出来るんじゃないの?という人も少なからずいました。

 

今でいうと、ADHDの性質を持っていたのかもしれませんが、当時はそういった言葉を誰も知りませんでしたので、大川君の独特な個性としてみんな受け入れていました。

adhd.co.jp

 

現場の人間としては、日々必死になって仕事を覚えようとしている大川君を目の前で見ていたので、「君、この仕事に向いてないよ」なんてことは言えるわけもなく、いつも「頑張ろうね。少しずつでも仕事覚えてビッグな人間になろうぜ」と声をかけていました。

 

そんな大川君に転機が訪れます。

 

会社で行なった忘年会の時に、【社長の目の前で漢をあげる儀式】が行われたときでした。

漢をあげる儀式といっても、社長の席の横について、挨拶をしてお酒を注ぐ、という行為です。

 

当時はスタッフを含め社員は30人程いましたが、社長はスタッフ一人一人の名前を覚え、そのスタッフがどういうスタッフなのか、ということを日々営業報告を通して確認しているようなマメな社長でした。

なので、初めて挨拶するスタッフもいたのですが、社長は「○○君、最近ドラム買ったんだって?今度演奏してよ」とか、普段から話していないと分からないようなことも知っていて、ほろ酔いの状態でそれをされると、末端の自分のことまで知っていてくれるなんて、と感動して涙するスタッフもいたほどです。

 

そして、大川君が社長のところに行き、挨拶をしてお酒を注ぐ順番が回ってきました。

 

当然、社長も大川君のことを知っていました。

「キミ、ビッグな人間になりたいんだって?」と言うと、大川君は

 

「はい!自分はビッグな人間になりたいんです!今日は、社長の前でとりあえずこのみんなの中で一番のビッグになります!」と答え、

 

「なので、皆さんが持っているお猪口では、自分の漢指数は振り切れます!これで自分がどれだけ本気でビッグな人間になりたいのかを感じてください!」

 

と言いだして、お猪口をテーブルに置き、社長の後ろにあった、花が活けられていた花瓶を持ってきて、活けてある花を抜いて、花瓶を社長の目の前に差し出したのです。

 

そして、大川君のリュックサックから出てきたのが、久保田大吟醸の一升瓶でした。

 

www.asahi-shuzo.co.jp

 

当時飲んだのがこれと同じかは不明ですが、こんなやつだったと思います。

 

この大瓶を社長に渡し、大川君は花瓶を社長の目の前に差し出し、

 

「社長!自分は〜、これで自分の漢を上げます!社長、その目で自分がビッグかどうか見極めてください!」

 

と大声で啖呵を切ったのでした。

 

そう言うノリが大好きな社長だったので、社長もためらうことなく、花瓶に久保田の大吟醸が注ぎ込まれていきました。

 

一本まるまる、花瓶にちょうど入り切る感じでした。

 

花瓶に大吟醸が注ぎ込まれると、一同からどよめきと歓声が飛び出し、一気コールが始まります。

 

大川君も両手を上げて、コールを盛り上げつつ、花瓶を持ち上げて、一気飲みを始めました。

 

社員全員が大川君を見守りつつ、一気コールと歓声が上がる中、大川君はついに久保田の大吟醸の一気飲みを完遂したのでした。

 

もう自分たちの座敷は溢れんばかりの大歓声と拍手で社長もガハハハと大声で笑っていました。

 

大川君は、一気に飲み干した後、「社長!自分はビッグになれますか!?」

 

「おう、その調子で頑張れや」と社長が言うと

 

「はい!頑張りm・・・」

 

最後まで言うか言わないかで、大川君は意識を失い倒れたのでした。

 

 

そのまま救急車で病院に運ばれていきました。

 

急性アルコール中毒でした。

 

 

入院中に見舞いに行った時は、いつも通り元気だったので、安心していたのですが、退院日を過ぎても大川君はもう出勤してくることはありませんでした。

 

あまりに強烈なインパクトだけをみんなに残して、立つ鳥跡を濁さずのように去るときは、静かに会社を去っていきました。

 

翌年から、忘年会で漢を上げる例の儀式はなくなりました。

 

今頃、大川君、ビッグな人間になっているかな〜と思うのでした。

 

お酒で漢を上げるのではなく、人として漢を上げられるような人間になりたいと思います。

今日は、そんな強烈なインパクトを持っていた、大川君のお話でした。

 

それでは、今日も1日頑張りましょう、のだめでした。