のだめ、沖縄出張を満喫出来ず。
朝一に沖縄行きの飛行機に乗って沖縄に到着するも、現地での取引先との会社訪問、そして今回の出張の目的が事故処理対応だったことが分かる。
沖縄出張を楽しみにしていたけれど、事故処理と聞いてとても場違いな心持ちで沖縄に来てしまったことを後悔する。
前日社長が言っていた、
「遊びに行くんじゃないんや、何うかれとんの」
と言っていた言葉の意味が現地でようやく分かる。
そうならそうと前もって言ってくれればいいのに。
しかも現地で合流した上司は上司で、その事故処理について関係会社との話し合いが始まる直前まで事故処理のことを教えてくれなかったし。
取引企業の人から、事故対応のことを言われる始末。
上司は、仕方なく沖縄に来た感がにじみ出ていたけれど、関連企業が集まった事故検討会議に出席するうちに、自分の会社がこの一件にどう関わっていたかってのが少しずつ判明していく。
『仕方なく現地に来た』というには、無理があるくらい、自分の会社の責任がかなり大きくて、むしろこの会議を主導しなくてはいけない立場なのに、会議の末席に並んで座り事の行く末を見守るような感じの自分の会社。
まだ現場の経験も知識も、今目の前にいる人たちの足元にも及ばないことは重々承知の上だけれど、少なくとも事前に(前日のうちに)事故対応のことと、事の経緯を知らされていれば、「沖縄出張を楽しみにしてきました」感は出さずにすんだのではないかとさえ思ってしまう。
会議が終わって、会議を主導した会社の人と自分がたまたま喫煙所に鉢合わせたときに、思いっきり言われました。
「本来なら、この検討会もお宅の会社が主導してやらなければいけないと思うんですよね。まぁ、〇〇さん(上司)に言っても無駄なんでしょうけど。」
と、検討会議の中で、自分が感じていたマズイ点をチクリと自分に刺してきたのでした。
「申し訳ありません。」
とただ謝ることしか自分にはできませんでした。
今回に限らず、今の会社は報連相すら機能していない状態で、自分の上司を含め、ことの重要性が分かっていないのではないか、と自分でさえも感じてしまった。
そんななか、疑問に思ったのが、一つ。
なぜ、社長が自分を沖縄に行かせたか、だ。
今回に限らずだけれど、いままで、社長からのパスはいつも唐突ではあるものの、そのパスがどういう意味を持っているのかを、常に考えて行動してきました。
その行動が合っているのか、間違っているのかは今の自分にははっきりとは分からないのだけれど、行動を改めるようにとか、方向性を正そうとか言う指摘は今のところされていないので、少なくともパスされたことにたいして、ある程度的を得た内容で社長にボールを返せているのだろうと判断している。
今回、自分を沖縄出張に同行させたのも、そういう意味では、今、現場で起きている問題に対して、自分の会社がどういう姿勢で問題に取り組んでいるのか、その取り組みの姿勢を実際に見てこい、ということなのではないか、と判断した。
その判断の上、検討会議終了後レポートにまとめていたら、
「これは翌日現地で遊んでる場合じゃないな」という結論に達し、急遽始発で本社に向けて飛行機に飛び乗る私なのでした。
結局、翌日は始発で本社に戻り、事の経緯を社長に説明しつつ、今回の事故が起こった経緯と、現時点で判明していること、事故を未然に防ぐための防衛策、そして、事故が起こってしまったときにどういう対応をしていくかについて、自分が分かる範囲で考えを報告したのでした。
社長はひとこと、
「ほぅ。考えておこう」
と発し、その足で新横浜に直帰することに。
帰り際、上司も本社に戻ってきて、「シーサー買いましたでぇ~」とニコニコしながらお土産を配っていました。
シーサー買ってる場合じゃないよ!と心の中で思いつつ新幹線に乗って帰路についたのでした。
沖縄は、仕事で行くところじゃないと改めて思った今回の出張でした。